妻たちのストレス

定年を控えた多く男性たちは、
後は趣味や旅行などをして
のんびり過ごしたいと考えていらっしゃるらしいですが、

いざ仕事を辞めてみると現実は全く違っている場合が
多くみられるようです。

解放感にひたっていられるのは最初の数カ月で、
やがて何もすることがない焦りや喪失感に
襲われたりする方が増えています。

仕事一筋で家庭をかえりみず、
地域との交流にはまったく関心を持たなかった
会社人間タイプの男性が退職してしまうと、
老後に大変苦労するのが現実です。

自分の自由時間というものの使い方が分からず、
趣味を持たない方の場合は、何もすることがなく、

仕事以外の人間関係もほとんど持たないため、
やることも無い、会う人も居ないという毎日が続くうちに
急に老け込んでしまう人が居らっしゃいます。

そうなると、当然のことながら
妻に対して、そのしわ寄せが来ることになり、
妻までストレスを抱え込んでしまうのです。

夫が一日中家に居ることによって、
妻が感じるストレスの中でも特に大きいのが、
夫の昼食を作らなければならないことだといいます。

たかが昼食くらいで・・・と男たちは思うのでしょうが、
妻にとっては大きな問題なのですから、
こんなところから夫婦の溝が更に深まってきます。

定年になって自分が家にいる時間が増えれば
妻は喜ぶだろうなどと考えている夫は
とんだ思い違いをしているのです。

子供が手を離れてからの妻というのは、
それまで一日のほとんどを自分のペースで過ごし、
昼食は適当に残り物で済ませていたのですが、

夫が毎日家にいるようになると、
それが出来なくなるのです。

まして「何が食べたいのか」と聞けば
「なんでもいい」と言うくせに・・・
残りものを出せば不機嫌な顔をする。

これは妻にとって大きなストレスであることを、
夫はまず理解しなければなりません。

「夫の昼食を作るたびに離婚を考えてしまいます」
という奥さんのご相談を受ける機会がありましたが、

どうやらこのご婦人だけではないようなので、
世の男たちにとってはかなり深刻な問題だと
自覚する必要があるようです。

定年になれば時間はたっぷりあるのですから、
夫も恥ずかしいなんて思わないで
妻に内緒で料理教室などに通い、
たまには奥さんに代わって
料理を振る舞ってあげたりしてみればいかがでしょう。

いずれにしても、妻が何を求めているのかを察知することが、
退職後における夫婦円満の秘訣のようですね。

命の使い方

人生100年時代の到来と言われるようになりましたが、
厚生労働省の発表では、現在のところ日本の平均寿命は、
男性が約81歳、女性の方は約87歳だそうです。

たとえば65歳で定年退職して85歳まで、
一日10時間何かの活動したとすると、その時間は約7万時間。

これは一般的な人間が大学を卒業後、
就職をしてから定年退職するまでの労働時間と
ほぼ同じものになります。

それがいったい何を意味するのかといえば、
定年後が「余生」と呼ばれるには余りにも長く、
もはや新しい人生の始まりとして
積極的に生きて行く必要があるということなのです。

 

何歳から老年期と捉えるのかは人それぞれですが、
「どのように老いを生きるのか」という問題を、
私たちすべてが真剣に考える必要に迫られていると思います。

 

「私は木を切るのに忙しくて、斧を見る暇がなかった」

一人の実業家が定年後に語ったというこの言葉ですが、
寸暇を惜しんで他人よりも良い木をより速く、
より多く切ることに専念して働いたこの人が、
仕事をやめた時に見たのは、刃がボロボロに欠けた斧でした。

自分の分身とも言える斧を、
何故手を休めていたわってやらなかったかを
悔やんだ言葉ではないでしょうか。

自分をいたわる余裕もなく、
家族のために必死で働いたあげく、
やっと仕事から解放されたにも関わらず、

次に襲いかかって来たのは
「自分は何のために生きて来たのか?」
あるいは「これから何のために生きるのか?」という、
無力感や喪失感に苛まれる方たちもいらっしゃいます。

 

良くも悪くも仕事の中では、
誰でも一つの「歯車」という役割を果たしますが、
仕事から離れて、はじめて集団の中の「歯車」から
本当の一個人としての「自分」に戻ることができるのです。

だからこそこれからの人生は、歯車という部品ではなく、
自分という一人の人間をを必要としてくれる人のために、
命を使っていただきたいものだと願います。